いつもありがとうございます。

本ブログの管理人(八代目小吉右衛門)です。

昨年は、某ネット通販で15,000円(3人前)おせち料理を購入したのですが、値段が高いだけで味はいまいちでしたので、2015年のおせち料理は節約(激安おせち料理)と言うより、プロの料理人に負けないITサラリーマンがコストパフォーマンスをテーマに「美味しいおせち」にチャレンジします(°∀°)b

ちなみに、我が家は子供が3人で量的にも前々足りませんでした。(`×´)

節約と言っても、自分で作るのではなく、普段スーパーなどで購入できる物を重箱に並べるだけです。

色々調べてみると、他の方も同様な激安、格安おせち料理を作られていましたので、その辺りも参考にしています。

そもそも、何故好きでもない具材が多いおせち料理に高額のお金を支払うのか、、、疑問を感じていたのがきっかけでした。

適切な金額はいくらなのでしょうかね~。

本題に行く前におせち料理の由来を調べて見ましたので、少し参考にして頂ければ幸いです。

由来[編集]

「おせち」は「御節供(おせちく、おせつく)」や「節会(せちえ)」の略であり[1][4][5]、中国から伝わった五節供の行事に由来する[6]奈良時代には朝廷内で節会(せちえ)として行われ、そこで供される供御を節供(せちく)と言った。現在のような料理ではなく、高盛りになったご飯などであったとされる[7]

この五節会の儀を一般庶民がならって御節供を行うようになったものと考えられている[8][注釈 1]。もともとは五節句の祝儀料理すべてをいったが、のちに最も重要とされる人日の節句の正月料理を指すようになった[5]。正月料理は江戸時代の武家作法が中心となって形作られたといわれている[9]

江戸時代、関西では「蓬莱飾り」、江戸では「食積(くいつみ)」、九州の佐賀・長崎などでは「蓬莱台・手懸け盛り」[10]と称し歳神様に三方などでめでたい食べ物などを床の間に飾り、また年始の挨拶に訪れた客にも振舞ったり家族も食べたりした。

重詰めへの移行[編集]

傍廂(1853年)によれば天明の頃までは食べていたがそれ以降は飾るだけとなり、正月料理は重詰め等へと変化していく。膳に盛られた料理と重に詰められた料理が用意され、このうち膳に盛られた料理を「おせち」と呼んだ[11]。のちの「東京風俗志」(明治34年)によるとお膳に供えた煮物を「御節」、重詰めしたものを「食積」と呼んでいる[注釈 2]

重箱に本膳料理であった煮染めを中心とした料理が詰められるようになり食積と御節の融合が進んだ。現在では重箱に詰めた正月料理を御節と呼ぶようになっている[12][13]。重箱に御節料理を詰めるようになったのは明治時代以降のことと言われている[11]

重箱に御節を詰める手法が完全に確立した時期は第二次世界大戦後でデパートなどが見栄えの良い重箱入りの御節料理を発売したことによるとも言われている[14]。正月料理の重詰めについては江戸時代の文化・文政年間の料理茶屋における料理の影響を受けているとみる説もある[9]。Wikipedia引用

 
 
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